ほりのかきちらし

読書感想など

【読書感想】篠綾子『義経と郷姫』

篠綾子『義経と郷姫』角川文庫、2022年2月25日

hori-0624.hatenablog.com


こちらの前回の読書感想で郷御前について触れたのですが、次は何を読もうかなーと自分の本棚を眺めたところ、「義経と郷姫」というド直球なタイトルが……。なんと、私、持っていました。うっすら、店頭で、義経の物語としてはテーマが新鮮だなーと思た記憶があります。そうかこれが……ということで、さっそく読みました。

歴史小説、好きなんですが、読むのにいつもとても時間をかけてしまいます。ところが、これはページをめくる手がもどかしいぐらい、ずんずん読めてしまいました。とても読みやすかったし、おもしろかったです。文体なのか、テーマなのか、良い意味で歴史小説を読んでいる感じがしませんでした。歴史小説に苦手意識がある人にもオススメしたいです。
タイトルの通り、主役は郷姫。深く関わってくる人物として、義経静御前、畠山次郎重忠、そして(小説オリジナルかな?)小次郎、葛の葉。あと少しだけですが、廊姫が登場したのも嬉しかったです。(廊姫、清盛と常盤御前の子というドラマ性の高い人物だと思うのですが、主役の物語とかないかな……)
義経との間に育まれていく気持ちもとても素敵だったのですが、何より、静御前との関係が好きでした。静御前の、義経に対する気持ちと、郷姫に対する気持ち。それから義経の、静御前への気持ちと郷姫への気持ち。それらが嫌味なく伝わり、寄り添うことができたのは、郷姫と静御前の関係あってこそだと思います。

個人的には、そこの感情まで色恋なのか~と思う部分もあったのですが、同時に、いわゆる恋敵同士の心の交流の温かさや切なさがこの小説の魅力のひとつだとも思います。それが最後の場面にも効いてきて、美しいラストシーンでした。

実は作者の篠綾子さんの文章に触れるのは二作目で、時代小説アンソロジー『鎌倉殿騒乱』(菊池仁編、光文社時代小説文庫、2021年10月20日)収録の「鎌倉の鵺」を読んだのが最初になります。そのときも読みやすさは感じていて、他の著作も読みたいと思っていたので、今回こうして巡り合えたのは僥倖でした。「鎌倉の鵺」、ちらちらと読み返したら、河越尼(郷姫の母)視点での家族の顛末が語られていました。『義経と郷姫』を読んだいま読み直したら、より深く楽しめそうな気がします。

【読書感想】田井ノエル『転生義経は静かに暮らしたい』

【読書感想】田井ノエル『転生義経は静かに暮らしたい』2022年3月25日

普段読まないジャンルの本を読んでみました。現代の女子高生が主人公ですが、実は前世(源義経)の記憶を持っていて、しかも同じく、前世が弁慶という教師や、静御前だという男子高校生にも出会ってしまい……というおもしろい設定です。
義経といえば中世から現代に至るまで物語の題材として超人気の、誰もが知るスーパーヒーロー。もう小説も書かれ尽くしたんじゃないかというぐらいたくさん出版されています。北条義時源頼家・実朝とその周辺にスポットを当てた歴史小説が、今年の大河ドラマに便乗して出版&再刷されていますが、義経小説はそんなにプッシュされている印象はありません。義経レベルともなると、いまさら便乗することもない、という貫録すら見えるようです。
そんななかで、とうとう義経も転生したかーーーーーと、タイトルに一瞬で惹きつけられました。最近流行の説明口調で長いタイトルにはちょっと苦手意識があったのですが、一見して内容がわかるというのはメリットですね。

全体的に漫画を読むような気軽さで、スイスイと読めました。(実際、一晩で読んでしまいました。)
キャラクターたちも個性的でおもしろいです。静御前の解釈はちょっと珍しくて新鮮に感じました。
そして中盤から物語の核心が見え始め、意外な方向に向かっていきます。ミスリードが上手くて、これってこういうことなんじゃ?と思ったものは全部外れました笑 作者の手のひらの上で転がされた気分です。タイトルとあらすじから想像したのとはちょっと違った、意外な展開に存分に驚かされ、最後までのめり込んで一気読みしてしまいました。

好きポイントとしては、義経の正妻・郷御前にかなりスポットが当たっていたこと。義経を愛した女性と言えば静御前が有名ですが(お恥ずかしながら、私も静御前しか知りませんでした…)、最期の瞬間まで義経の傍に連れ添った郷御前、もっと注目されてほしい……と、この小説を読んで思いました。
作者の後書きがなかったのが残念です。郷御前にこれだけ注目した想いや、着想のきっかけなど、作者が語ってくれるページを最後に読めたら良かったなと思いました。

【読書感想】辻村深月『サクラ咲く』

【読書感想】辻村深月『サクラ咲く』2014年3月20日

3つのお話からなる連作短編集。奥付を見て知ったのですが、最初の2編は進研ゼミで初出だとか。それも納得の、みずみずしい、青春の詰まった一冊でした。

3編はどれも、わかるひとにはわかる、ぐらいの絶妙なつながりで、そのつながりに気づいたときの、何とも言えないニヤニヤ感。連作短編の醍醐味のひとつだなあと思います。
ひとつひとつは独立したお話になっているので、それだけでも十分楽しめます。が、私が感じたのは、どれも「地味」な子と「派手」な子の話だったなあということ。
地味な子をなんとなく敬遠していたり、派手な子に苦手意識があったり、逆に憧れがあったり、そちら側に行ってみようと頑張ったり、はたまた何も気にしていなかったり。
自分とはタイプの違う子との関わりを避けられないのが学校。でもちゃんと話してみたら意外と仲良くなれたり、お互いに影響し合えたり、新しい価値観に気づけたりもする。そんなことが私にもあったなような……なかったような……。
学生時代ははるか昔に過ぎた私なので懐かしさを感じながら読みましたが、現役の中高生時代に読んでいたら、また感じ方が違ったかなと思います。もっともっと深くに刺さって、何か変わっていたかもしれない。それとも、変えようと思っても変われない自分を嫌になっていたでしょうか。そんなうまくいくわけないじゃんと、ひねくれた気持ちで一笑して終わりにしてしまったかもしれません。
あの頃出会いたかったと思うと同時に、私はやっぱり、いま出会うのが正解だったとも思う。そんなお話でした。

ところで、辻村深月さんの著作は他には『ツナグ』と『嚙みあわない会話と、ある過去について』を読んだだけなのですが、このひとなら外さない、みたいな信頼感を持っています。(世代なのでしょうか?)
実は『サクラ咲く』を手に取ったのも、出先で持っていた本を読み終わってしまい、帰りの電車で読む本を急遽探しに行ったときでした。そう都合良く「これぞ」という本に出会えるはずもなく、うろうろしていたところ『サクラ咲く』が目に留まりました。最近あまり読んでいなかった、青春モノ。でも辻村深月さんの本なら間違いないだろう、と思い、連れて帰りました。
『ツナグ』は最近、続編が出ましたね。店頭に並んでいるのを見てわーーーっという気持ちになりましたが、そのときは他にほしい本があったのでがまん……。『ツナグ』は学校の図書館で借りて読んで、自分では持っていないので、この機に2冊揃えようかなと画策中です。

【観劇感想】キスより素敵な手を繋ごう

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劇団ナイスコンプレックスさんの舞台「キスより素敵な手を繋ごう」を観劇しました。
きっかけは主演の中村誠治郎さんのTwitter。ものすごく思い入れと熱量をもって取り組まれているのが伝わって、どんな作品なんだろうと興味を持ちました。
で、実際観てみたところ、舞台観てこんなに号泣したのいつぶりだろう…というぐらい心揺さぶられて、最高だったので、感想を書いておきます!

公式サイトからあらすじを引用。


「私の最愛の⼈は毎朝私に⼀⽬惚してくれる」
極度のストレスにより⼀⽇しか記憶を保てなくなった刑事
と、その夫を⽀え愛し続ける妻の物語。
記憶障害になった夫は、
毎朝起きると妻と出会ったその⽇に戻る。
妻は⼀⽇で夫に愛される為、その⽇を過ごす。
「忘れられる事が⾟いんじゃない。
あなたの中の私じゃなくなるのが⾟いの。」
「愛」という⼒を「時間」が崩す。
【愛】がテーマの感動作。
あなたなら、どうしますか?


前知識はこのあらすじだけ。薄情な私は「ハイハイ記憶なくしてもあなたに恋をする的なやつね!感動のやつね!おっけー!」という、失礼なほど軽い気持ちでした。
実際その通りといえばまあその通りだったわけですが、私が思ってたのと全然違った……全然!違った!号泣でした。マスクが大変なことになりました。

以下、ネタバレです。詳細に説明したりはしていませんが、核心に全く触れずに語ることはどうしてもできないので。
再演や映画化への野望もあるとのことなので、今後何かの折に見る可能性があるひとは、ぜひ読まずにこのページからサヨナラしてほしいです。

「私の最愛の人は毎朝私に一目惚してくれる」

あらすじのこのシーンから、物語は始まります。しかし強烈な違和感。なんだかわざとらしい。しらじらしている。ぎくしゃくした感じ。お恥ずかしながら初めて見る役者さんが多かったので、あまり演技が上手くないのかしらと訝しんだほど。
けれど大きな間違いでした、違和感。それで良かったんです。違和感の理由は後にわかりました。
この家の特殊な「事情」の全貌がわかるのは、かなり後。現在からどんどん時間を遡っていく形式で、徐々に明かされていきます。あれ、なにかおかしいぞ、と思わせ、ちょっとずつ真相に近づいていく、サスペンスではないですが、謎解きに近い要素も楽しめました。

また、ただの説明のための過去編ではなく、他の登場人物たちのドラマの掘り下げがあり、遡り切る頃には、みんなが愛おしくなっていました。
私がお気に入りだったのはパソコンオタク君。コミカル要素の強い役回りで、要所要所で和ませてくれました。最後のお芝居の場面では、決して上手じゃないダンスを一生懸命踊る姿がいじらしくて……。それだけ「おばちゃん」を大切に思っているんだなあ、下宿のみんなを信頼しているんだなあ、とわかり、温かい気持ちになりました。バンドマン君が、「笑って」とでも言っているように、オタク君に向かって自分のほっぺをつんつんしてみせていたのに気づいたときはキュンとしました。コミュ障だというパソコンオタク君にとっても、この下宿が、大切な仲間に囲まれた、温かい場所なんだとわかります。

ビデオの場面からのクライマックス。これはもう、ずっと泣いていました。こんなに泣くなんて聞いてない!
ここは、あえて言葉では語らずに、まだ私の胸の内だけで噛み締めさせてください。

そして最後に。実は、ずーっと気になっていたのが、父と娘の物語。舞台は夫婦の話をメインに展開しますが、二人の物語を追いながらも、心の片隅で娘の気持ちが気になっていました。父にその存在すら、忘れられ続けている娘。しかも母の代わりをしている限り、娘は娘であることを名乗れない。「お父さん」って呼べない。娘は口に出して言わないけれど、とても悲しくて寂しかっただろうと思います。
私自身が、家族の中で娘の立場だから、余計に気にかかったのかもしれません。
だから最後の最後、エンディングにまぎれるようにして、娘が「お父さん!」と呼んだとき、トドメを刺されたように号泣してしまいました。
よかったね、やっと呼べたね。
この作品が、娘の気持ちを忘れないでいてくれたことにほっとしました。

パンフレットに映画化への志が書かれてしましたが、ぜひ、映画化してほしいと私も強く思います。私は映画のことは詳しくないけれど、なんとなく、この作品は映画で見たい。
そして映画なら、舞台よりも、時を経て繰り返し見ることがしやすい。娘の立場で、妻の立場で、母の立場で、時を経るごとに違う視点で見ることができたら、この作品はもっともっと素敵なものに深まっていくだろうなと思います。
とても素敵な作品に出会わせてくれて、ありがとうございました!映画化待ってます!

【読書感想】浅倉卓弥『黄蝶舞う』「空蝉」

浅倉卓弥『黄蝶舞う』PHP文芸文庫、2012年

「空蝉」
病床の大姫と母・政子の会話を描いた短編。静かな空気感の中、父母を恨みたくない気持ちと義高への思慕の間で葛藤する大姫の姿が切なく沁みました。
義高死後の大姫について「陽炎のような生涯」と表現するのが印象的。
本人は登場しませんが、大姫の弟でまだ幼い実朝(千幡)が話に出てきます。セミの抜け殻を見つけて大姫に持ってきてあげる、という子どもらしいエピソード。そのエピソードから伺える実朝の無邪気さに連想して、同じ年の頃に義高と出会った大姫の、無邪気に心ときめかせていたであろう時間を思いました。
このエピソードが、タイトルにもなっている「空蝉」に象徴されたテーマを呼び起こすきっかけにもなっていて、自然に気持ちが入り込めました。
物語で描かれるのは大姫の人生のほんの一場面のため、途中、大姫のこれまでについて、作者の歴史観も交えた解説が入ります。しかし不自然さはなく、物語の雰囲気も壊されることなく読み進められました。物語抒情と歴史記述パートが融合していたことで、大姫の人生の時間を一緒に旅することができ、その上で現在の大姫を間近で見守った気持ちになりました。